とある新人のブラック就労記 その4

「今日から、本格的な開発をしてもらう」

20××年五月某日。
新人くん、V系、ヒョロナガ、遅刻男のオタク。
新入社員四人は紆余曲折ありながらも、一か月かけて帳票の直しをすべて終え、次の業務に取り掛かった。

「ウチではJavaでシステムを開発しているんだが――」

鈴木さんがプロジェクターを起動し、画面にパワーポイントの画像を映しながら取り掛かる業務の説明を始める。

「まじっすか! ボクJavaは自信あるんで、がんばりまーす」

オタクが声を上げる。
新人くんの専攻はC++だったが、プログラミングができると聞いて少し心を踊らせる。

「お前、ホントかー? 帳票散々だったくせに」
「だってあれ、ソフトの使い方わかりづらいですし」

オタクの自信満々な声に八九寺さんがツッコミを入れた。
オタクの仕事は悪いとは言わなかったが、一言でいえば雑だった。その尻ぬぐいをしたのは新人くんだ。おかげで残業時間が他人よりいつも1時間多くなった。

「で、なにやるんですか?」
「あぁ――」

鈴木さんの説明ではこうだ。

・会社では様々な荷物がある倉庫で使うことを想定した、作業用指示書(帳票)を出すWEBシステムを作っている。
・新入社員が次にやる作業は、帳票をブラウザ上の画面に映し、閲覧と印刷ができる画面のSQLを修正すること。

「画面は外注で作ってもらっていたんだが、少し修正が必要でな」
「えー、それバグってたってことですかー?」
「――いや、バグではない。仕様がうまく伝わってなかったんだ」
「物は言いようだよね。普通に考えりゃこう作る、ってレベルのことを、『仕様書に書いてなかったからやらなかった』で済ませるんだから。ま、要するに出来上がった物をちゃちゃっと修正するだけ。一から作るより簡単だから、安心して」

少し言いよどんだ鈴木さんに八九寺さんが言葉を付け加える。
どうやら、あまり良い外注先ではなかったようだ。そんな空気が素人集団の新入社員にも読み取れた。

「えー、JavaじゃなくてSQLっすかー。ま、Oracleなら少しやってたからわかりますけど」

オタクがぶー垂れる。まるで舐めてるような口ぶりに新人くんははらはらしてオタクを見るが、八九寺さんはケラケラ笑っている。

「おーおー、自信があるのはいいこった。んじゃ、早速開発環境整えるとこからやろっか。鈴木」

八九寺さんの掛け声で鈴木さんがプロジェクターの画面を次に進ませる。
画面には開発をするための必要ソフトの社内ネットワーク上の場所と、インストール方法が書かれていた。

「新人とオタクはだいたいわかるよな? この画面を出しっぱなしにしとくから、他の奴をフォローしながらIDE入れてくれ」
「了解ーっす」

インストールしたのは以下の二つ。
・総合開発環境:Eclipse(Java)
・SQL開発環境:ObjectBrowser(Oracle)

もちろん、Javaだけでなく、Struts、iBATIS、Springというフレームワークを使った、俗にXML地獄と呼ばれるタイプのウェブ開発環境だったのだが、新入社員である新人くんが理解するのはまだまだ先であった。

「新人ー、たすけてくれー!」
「新人ー、パソコン固まったー!」

新人くんはどちらも未経験だったが、悪戦苦闘しながらもインストールをし、他の新入社員のフォローにも回った。
ダウンロード、社内サーバからのファイル転送、インストール……それに伴って、事務的な社内の申請。
特にライセンスが必要なソフトウェアは社内のだれが使っているか、という管理が必要なため、書類を提出する必要があった。
開発環境のインストールは、この社内手続きを新人くんたちに教えるためでもあった。

「はいはい、書類申請ね。新人くん、少し待っててね」

新人くんが持ってきた書類を受け取って、桜井さんが笑顔で応える。
申請には上長――要するに偉い人の承認印が必要であり、新人くんが所属する開発部、お金の管理をする総務部、システムの保守運用とライセンス管理等をする運用部の三部書の承認が必要だった。

「うん、記入漏れや不備はなさそうね」

桜井さんは受け取った書類を確認し、ハンコを押す。
桜井さん自身は総務部の上長ではないが、総務部の上長は金の工面やら接待やらで、取引先の会社や銀行、ゴルフ場や居酒屋、果てはキャバクラまで転々としているため、承認印の押印は桜井さんが代理として請け負っているとのことだった。

ハンコを押された書類を受け取り、新人くんは最後に運用部へとタライ回される。

そこはさながら修羅場だった。

「あ!? なに!? 書類!?」

ひっきりなしに電話が鳴るデスク――運用部の島――の人に声をかけると、怒気を孕んだ声でそう言われ、新人くんは萎縮する。
ぼっち故に基本的に言葉がモゴモゴしている新人くんも悪いが、どんな人間でも話を聞いてもらえそうにない態度だった。

「悪いけど、今トラブってんだわ、後にしてくんない?」

そのように言われたら引き下がる他ないため、新人くんはすごすごと自分のデスクへと戻る、と、その姿を見つけた八九寺さんが彼に声をかけた。

「おーっす、どう? ハンコもらえた?」

新人くんが運用部の承認がもらえなかったことを伝えると、八九寺さんが笑う。

「そこは強引に行くんだよ。ハンコなんて1分もありゃもらえるでしょ?」

それができれば苦労はしない、と新人くんは思ったが、八九寺さんは手本を見せてやる、と新人くんを連れてもう一度運用部へと向かう。
さっき聞いたのどの人? と八九寺さんが聞くと、新人くんは今にもモニタにかぶりつきそうなしかめっ面の男性を指さす。
わかった、ここで待ってて、と八九寺さんは言うと、わざとらしい大股でその男性に近づいた。

「ちっすー、藤堂さん、ハンコもらえますー?」
「あ? 今忙しいんだよ」
「あ、じゃあハンコだけくれればいいんで、むしろハンコあれば藤堂さんいらないんで」
「おイィィ! 俺部長! もっと敬って!」
「そうなんですか? その割には下っ端っぽい仕事してますけど。目のクマひどいですし」
「しょうがねーだろ、この前から夜勤始まったせいで運用部人いねぇんだから……。俺なんて夜勤日勤連続だよ……」
「大変っすねー。あ、これ申請書類っす」
「はいはい、すぐ押すからそこで待ってろ」
「あざーっす。お礼に今度、藤堂さんが集めてるお茶のボトルキャップ人形――の、キング持ってきますね」
「おぉ、ありがとな。キングはどこ行ってもないんだよなぁ……、頼んだわ」
「了解っすー」

そんな感じの流れで承認を貰い、八九寺さんが新人くんの元に帰ってくる。

「どう? 簡単でしょ?」

どう見ても簡単ではなかったが、新人くんは一つ学んだ。
軽口が叩けて、強引さがあって、それでいて細かい所に気が付く。八九寺さんのような人が意見を通せるのだと。

「んじゃ、引き続きインストールやろ。定時に帰れるかどうかは新人とオタクの頑張りにかかってる!」

ちなみに、オタクはまるで役に立たなかった。

Posted by luini