とある新人のブラック就労記 その16

トラブル発生の翌日。

緊急リリースを終えた鈴木さんと新人くんは、状況説明のために藤堂さんに呼び出されていた。

「ってことは、もう問題なし、ってことでいいんだな?」
「はい。現場も一日延長するだけで、明日には帰ってくるそうです」

システムが一時的に停止したものの、運用としては大した問題にもならず、今日一日様子を見る、という対応に留まった。
新人くんの作業は変わらず、バグ修正、時折リソース監視。
トラブルが起こったにも関わらず、平穏だった。

「拍子抜けか?」

気が抜けた新人くんの様子を見抜いたのか、鈴木さんが声をかける。

「実際現場にいって現場の空気を知らないと、いまいちピンとこないか」

鈴木さんはそう言って、テスト環境から一枚だけ帳票を印刷し、新人くんに見せる。

「現場では、こういう紙を100枚200枚と使って作業をする。当然、システムが止まると印刷ができない。作業も止まる。大騒ぎだ。そう思うだろ?」

新人くんは頷く。そう思ったからこそ、大した問題にならなかったというのが不思議でならない。

「それは開発者の思考なんだよ。システムが使えなきゃ困るはずだ、とな。でもそんな考えとは裏腹に現場は柔軟だ。伊達に何年も不安定なシステムを使ってない。彼らはシステムなんか頼りにならない、そういう前提で働いている。うちも含めた日本のシステム開発会社全体に言えることだが、まともなクオリティのシステムを提供できる会社なんてほんの一握りだ。それは中小企業に限った話ではなく大手企業も同じだ。クソみたいなシステムを、クソみたいな人間が作っている」

だから――、と鈴木さんは続ける。

「止まってもさほど困らない。期待なんてされてないからな。まあ、それでも現場から苦情の声が出る場合もあるが、今回は長谷さんがいるから現場も穏やかだと思うぞ。あの人がいると、トラブルも不具合も笑いごとで済ませる。本来重大で致命的なトラブルを原因すらわかっていない状態で『良くあることですよー。すぐなおりますんで、お茶でも飲んで待っててくださいよ』なんて言えるからな。そういう人間がシステム会社の営業に向いているのかもしれないけどな」

新人くんには衝撃の事実だった。あんなに苦労して作ったのに、何日も長時間残業をして作ったのに、と思わずにはいられなかった。

「ブタの餌にもなりゃしない、非生産的な仕事なんだよ。システム開発ってのは。現場はシステムなんかいらない。でもシステムを売らないとシステム会社は儲からない。だからあの手この手でシステムを買わせる。それも現場にではなく、その現場を仕切っている会社の、システム部署に。お前も営業で同行すりゃ分かるが、システムが主要部署じゃない、例えば大手食品会社とかのシステム部署なんかゴミクズの吹き溜まりだよ。役員も人事もシステムは重要なのはわかっているが、なにが重要なのかはわかっていない。だからシステムに詳しい人間を置くんじゃなくて、勤続年数が長くて給料が高いけど、実際問題あまり役に立たないどこにも置けない人間をシステム部署に飛ばしている。『現場のことが分かっている人間です』って言ってな。でも実情はただの役立たずだから現場のことなんかわかってない。だから、現場が望んでいないシステムが生まれる。使いづらいシステムを無理やり入れられ、システム部署は文句を言われ、その文句はウチにやってきて、仕様変更、仕様変更、仕様変更――当初の要件はどこかへ行って、歪にツギハギしたシステムの出来上がり。開発者にとってはメンテのし辛い、現場にとっては使いづらい、客先にとってトラブルを起こしやすい、誰も幸せにならないゴミが生まれる」

「――それでも、やれることはやるしかない。無駄話はこれくらいにして、残りのバグの修正やるぞ」

さすがに、そんな話の後では新人くんの集中力はもたなかった。

そしてなんとか栄養ドリンクやガムでごまかしつつ、作業すること数時間。

「ふぅ、今日は大丈夫そうだな」

時計を見て鈴木さんがため息をつく。時刻は午後6時。そろそろ現場も引き上げる時間だ。
最後にリソースチェックも行ったが、問題はなかった。

「まぁ、これで今日呑みに行くか、ってやると、トラブるんだよな。というか、今日ぐらいは家でゆっくりしたいところか」

珍しく鈴木さんも上機嫌だった。
直後、タイミングを見計らったかのように、八九寺さんから電話がかかってきた。

『現場組、問題なく終了したので撤収しまーす。そして! 重大発表があります! な、な、なんと! 明日は打ち上げするそうでーす! 経費申請よろ! 以上!』

鈴木さんの機嫌が急下降した。

Posted by luini