とある新人のブラック就労記 その11
20××年11月某日。
システム導入の日が刻一刻と迫っていた。
怒涛の残業に次ぐ残業で体調を崩すかと思いきや、新人くんの体は意外に丈夫で、ネカフェ生活もそれなりに気に入り始めていた。
「いらっしゃいませ。お決まりでしたら利用コースをお伺いします」
夜12時過ぎ。ネカフェに入り、いつものようにフラットスペースの深夜6時間コースを指定。
ついでにシャワーが空いているかの確認も怠らない。幸いにも、今の時間は空いているようだった。
「では、21番ルームになります。場所はそちらの廊下を進んで左手です。シャワールームは右手通路の奥になります」
カウンターからブランケットとシャワー室のカギを受け取り、伝票を持ってルームに向かう。途中、ドリンクバーでオレンジジュースを2杯分確保することも忘れず。
新人くんが利用しているネカフェはシャワーが無料で利用でき、フラットスペースと呼ばれるルームは椅子がない代わりに薄いマットが敷き詰められたルームで、横になることができた。
もちろんマンガもネットも利用はできるが、そんなものを利用していると寝る時間が無くなる。そのため、新人くんは速攻でシャワーを浴び、早々にルームに戻って横になった。就寝時刻は深夜1時。
ちなみにシャワー利用時間は20分。服を脱いで、体を洗って、頭を洗って、体を拭いて、また服を着込んで、とするとかなり時間が短い。
休むのにも忙しないが、徹夜しないだけマシだった。
朝は5時半頃に起き、一日中空調が効いているせいでカラカラになった喉を潤すためにリンゴジュースを3杯飲む新人くん。
カウンターで清算を終え、領収書を忘れないようにもらい、但し書きに『休憩に利用』と書いてもらい受け取る。
そして会社に出社。時刻は6時。
タイムカードを押し、すでに作業をしていたジャージ姿の鈴木さんに挨拶をする。会議室Aに簡易ベットがちらりと見えた。会社に泊まったようだ。ネカフェに行く時間も惜しい、という過酷さの表れだった。
「おう、おはよう。早いな」
鈴木さんの机の上にはエナジードリンクの空き瓶が大量においてあった。机の脇にはキャリーバッグ。着替えが入っているらしい。ずっと家に帰れないから、昼食休憩時にコインランドリーを利用して洗濯をしていると聞いていた。
新人くんの今日の作業はデータ移行のテスト演習だった。
そのために、まず社内のサーバの一つを専用データベースサーバとし、現行システムが毎日深夜に取っているデータベースのバックアップを拝借してテストをする。
社内サーバといっても、サーバ用コンピュータではなく、ただの型落ちデスクトップだ。運用部の藤堂さんに嫌味を言われながら一つもらい受けたモノ。新人くんが起動して確認をしたらWindows MEが入っていた。
社内にサーバ構築のノウハウがあるかどうかなんて知らないし、聞けるような人物もいない。試行錯誤しながら、新人くんはLAMP環境構築のブログを参考に、CentOSを入れたデータベースサーバを半日かけて構築した。
そのまま、用意した移行用ツールを用いて移行用チェックシートを使いながら順次データを登録していく。
移行前、移行後のデータを並べ、データの整合性が取れている、という証明のスクリーンショットとデータCSV――エビデンスを取得していく。
「終わったらそのデータベース利用して客先に提出するための最終結合テストするから、そのままにしといてくれ」
本番に限りなく近いテストデータで行う現場運用の流れに沿ったテスト。このテストでバグが出なければ『バグが潜んでいたとしても、通常運用ではほぼ出ない』ということが分かる。通常運用外で出た場合は、その時に対応すればいい。
ようやく開発終了の目途が立って、新人くんも一息つく。
「あー、そうだ。月跨ぐ前に経費の精算しとけよ。あまり遅れると最悪自腹になるから気を付けてな。ついでに、俺の分もまとめておいてくれると助かる……」
はた目から見ても疲労困憊の鈴木さんの助けになれば、と新人くんは頷き、大量のレシートを受け取る。
レシートには、以前鈴木さんが話していたサウナ兼風呂屋の領収書やコインランドリーの回数券のレシートがあった。どうやら、コインランドリーも回数券のレシートがあれば清算できるようだ。凄い限定的な豆知識だった。
書類を書き上げ、上長の承認を貰って、最後に総務部の桜井さんに提出する。
「はーい、経費ね。あら、鈴木くんのも一緒ね。本当は本人じゃないとダメだけど……ま、事情が事情だから、今回は許してあげる」
総額三万は超えている金額。使いすぎ、と怒られるかと少し新人くんはドキドキしていたが、桜井さんはニッコリ笑って印鑑を押してくれた。
「最近大変みたいね。……はい、コレ。鈴木くんにもあげてね」
少し声を潜めて桜井さんが新人くんの手に書類を渡す。
見ると、印鑑が押された書類の上に半透明の小袋が2つ。
「八九寺さんに、甘い物が好き、って聞いたから、チョコレートだよ。頑張ってるご褒美!」
中身はゴ〇ィバの高そうなチョコレートだった。
甘い物が好きなんて一言も言ってない、と思いつつも、不意なやさしさに新人くんは泣きそうになった。