とある新人のブラック就労記 その1
これはとある新人がよくあるブラック企業でプログラマーとして働いた、激動の就労記録である。
なお、限りなく真実に近いが、登場する企業及び人物は架空のものであり、実物のものとは関係ありませんし、書いている人のコトではないので余計な詮索をされると雲隠れしないといけなくなるのでしないでください。絶対にだ! 約束だぞ!
とある新人くんがプログラマーとして企業に入ったのは20××年。
当時は就職氷河期のちょうど中間期で、長い就職氷河期の中で珍しく売り手市場だった年。
某ミ〇シィの広告で「うわ……っ、私の年収低すぎ……?」とかいうのが流れ、総じてブラック企業が話題になっていた時代のことである。
新人くんは四年制大学で情報を専攻し、プログラマーとして就職する気マンマンのやる気にあふれた就活生の一人だった。
大学の成績は中の上といったところで、普通教科はとことん普通だが、C言語のプログラミング授業だけは満点を取るという、コミュ障でぼっちの典型的なギークタイプ。
もちろんぼっちなために情報戦争と揶揄される就職活動ではバカなことを連発し、ともすればデー子やメー子に就職できる成績でありながら、一次受けのプログラミングがしたい、という理由だけでITベンチャー企業を受ける舐めプ野郎だった。
※デー子はNTTデータ子会社、メー子はメーカー系子会社の略で、どちらも情報分野において大企業の安定したサラリーマン、といったところ。大企業ゆえに福利厚生がしっかりしていて、その中でも激務になりづらいデー子メー子はいわゆるホワイト企業が多い。
20××年の前年、20×〇年10月。新人くんの激動の企業生活の前日譚、内定式が行われた。
集まったのは新人くんを含めた新入社員五名と会社の先輩社員数名、そして社長以下役員の方々。
某ホテルで行われたそれなりに絢爛な内定式は新人くんを威圧するには十分で、小心者の新人くんはすっかり萎縮して隅で縮こまっていた。
思い返せばここにいるメンバーはこれから働く上でお世話になる、または戦友となる人間のはずだが、新人くんの頭からはそんなことがすっぽ抜け、昼間からアルコールを摂取することにビビりまくっていた。
ビールかオレンジかジンジャエールか。何故かその三つの選択肢かなかったことだけは覚えている。
社長は役員同士で談笑し、新入社員同士はカチコチで会話も弾まず、先輩社員は一心不乱にご飯を食べてビールを飲んでいる。普段からあまり食べていないのだろうか。そんな心配も少し心によぎった。
「それでは、新入社員諸君にはこの本を」
そういって社長から手渡された一つの本。厚さは1cmも満たない、小さい本だった。
己が何を飲み、何を食らったのかすら覚えていない中、一つだけ覚えていたのがこの本だった。社長のお気に入りの本らしい。
題名は伏せるが、それはとある兵士が上司の命令に何も質問せず、上司の命令の意をそのまま汲み、過酷極まる任務を遂行するという短い物語。
新人くんは帰りの電車で本を読み終わり、内容を反芻する。
感想文を書いてくれと頼まれていたので、何度か読みこみ、感想文をどう書こうか、と考えながら電車に揺れていた。
新人くんにしては珍しくやる気を触発され、これからの社会人人生をより良いものにしようと、帰り道でよくラノベを買っていた本屋に立ち寄り、経営の本や経済の本を買って帰宅する。
――その本が、質問も文句も口にせず蟻のように働け、という事の暗示だということも知らずに。