とある新人のブラック就労記 その12
20××年11月末日。
ついに新システムを導入する日がやってきた。
新人くんのプロジェクトは、食料品を管理する倉庫が日本全国各地に複数存在し、その倉庫ごとに管理運営を委託されている会社が違うため、その会社のスケジュールに合わせてシステム導入展開をする運びとなっていた。
国内の多くの食品会社は倉庫を自前で持っておらず、荷物を倉庫及び運送をメインとする会社に委託しているのがほとんどである。
その会社のことを物流会社と呼び、それぞれ関東に強い、東北に強い、などの地域に強い会社から、冷凍物と冷蔵物両方を扱える、規模が大きい、などの管理できる食品の幅を売りにしている会社まで様々であり、全国展開するとなるとどうしても地域によって複数の会社に委託することになる。
そのため、対象の倉庫が全国にある今回のプロジェクトは3か月近くにわたって、現場と会社で新システム導入の作業をすることになっている。
「えー、それじゃ、八九寺は営業に同行、現場でシステム指導の補助をしてもらう。鈴木と新人は社内待機。移行作業と、リソースの監視、トラブル対応担当だ。よろしくな」
夜8時。プロジェクトに関係する社員が、開発、営業合わせて5名集まった。
開発側は八九寺さん、鈴木さん、新人くん。営業側は、長谷さんと、新人くんの同期のムッツリだ。
いかにもやり手営業、といった風貌の長谷さんの進行のもと、システム導入の段取り確認が行われる。
「移行作業は夜10時より開始する。翌4時までにトラブルが発生して移行が終わらない場合、ロールバックをして旧システムに戻す、でいいんだよな」
「はい、問題ないです。連絡は長谷さんに直接で大丈夫ですか?」
「おう、ま、一応起きとくよ。ホテルだとやることないから、たぶん居酒屋にいっけど。繋がらなかったら諦めてくれ、なんてな、はははは」
「ウチは牡蠣食べたいです! 長谷さん! おごってくれますよね?」
「おーおー、おごってやらぁ、ムッツリも覚悟しとけぇ? 朝までコース経験したことないっつってたよな? 現場で寝ないように気を付けろよぉー?」
「はい! 根性でついていきます!」
「……っ」
盛り上がる現場組を見て鈴木さんが小さく舌打ちをする。隣にいてその音が聞こえた新人くんはケンカに発展しないように祈っていた。
システムの導入は基本的に現場で導入のサポートをする現場組と、社内でサーバを監視し、移行作業やリソース監視、トラブル対応をする社内待機組に分かれる。
基本的に、よほどトラブルが発生しない限り、現場組の方が気楽である。
なぜならシステムの移行は人がシステムを使っていない時間……つまりほぼ深夜帯で行われるため、社内待機組はほとんど徹夜作業を強いられるからだ。もちろん、日中にメンテナンス時間を貰える場合もあるが、基本的に弱小であるベンチャー企業は客先優先で、業務を停止せずに移行できます! という謳い文句で営業が仕事を取ってくる場合が多い。今回も例に漏れず、徹夜作業となった。
「んじゃ、明日の午後には着くから、その時一度連絡入れるわ。お前ら、明日は7時に東京駅だからな」
「了解でーす」
そこで解散となり、作業もほぼないため、全員帰宅となった。鈴木さんは実に二週間ぶりの帰宅となる。
「おーい、新人と鈴木ー、飲みいかないー? 長谷さんがおごってくれるって。決起会だってさー」
「は? 死ね」
「鈴木やべえ! 目がやばい!」
「荷物もあるし、俺は帰るぞ。明日は余計なトラブル起こすなよ?」
「分かってるってば。んじゃ、新人、いこーぜー」
こうして、鈴木さんを除く四人での決起会が行われた。
ちなみに、新人くんが同期のはずのムッツリと飲み会をしたのはこれが初であった。
「んじゃ、プロジェクトの成功を祈ってー、かんぱーい!」
「乾杯!」「かんぱーい!」
会社近くのチェーン店居酒屋。少し暗い照明と微かなタバコの匂い。そして、人が会話する騒音とアルコール臭。
とりあえず生、で注文された生ビールを手に、長谷さんが口を開く。
「んで、新人とムッツリは同期なんだよな? 飲み会とか開いてんのか?」
「いえいえ、開いてないですよ。開発は忙しそうですしねー」
ヒョロナガと送別会やろうとムッツリにメール送ったけど返信がなかったのを新人くんは忘れていない。
最初は労いや今後の展開についての真面目な話をしていたが、次第に酒が入り、身内の話にうつっていく。
「そういえば鈴木なんかすげえイラついてたな、明日大丈夫か? 八九寺」
「あー、鈴木はなんだかんだやるんで大丈夫ですよ。真面目な奴ですから。ただ、お土産は高いの買った方がいいですね。さっきもキレそうでしたし」
「あははは、舌打ちしてたもんな。ったく、アイツ怒りっぽいし、ガキだよなぁ。ナガマルんときもキレッキレッだったもんな」
「ナガマルは……まぁ、でも、鈴木いないとまともにプロジェクト進まなかったし、やっぱりできる奴ですよー」
「ふーん。意外に認めてんだな、お前。しょっちゅう喧嘩してるから犬猿の仲かと思ってたけど」
「そりゃームカつくときもありますけどね。ってか、身内の人間ってのは基本庇うものじゃないですかー? ウチから見たら皆攻撃的すぎてビビるんですけど」
「開発内部は知らねぇけど、営業と開発はケンカしてナンボだからな。慣れ合ってちゃ良い仕事はできねぇよ」
「慣れ合いというか、できれば平和に仲良くしたいんですけど……」
少し八九寺さんがトーンを落として言う。が、長谷さんには聞こえなかったのか、新人くんに話が回ってくる。
「そういや、新人の同期のオタクがヤバいらしいな。客先でよだれ垂らして居眠りしてたらしいぞ」
あいつならありえる、と新人くんが漏らすと、長谷さんは爆笑する。
「日野さんキレてなきゃいーけどなー。ま、俺たちには関係ないけどな。とにかく、明日だ、明日」
その後もあれやこれやと陰口や噂話をしながら夜が更けていく。
酒に慣れていない新人くんはビールをちびちび飲み、長谷さんは日本酒をガバ飲みし、八九寺さんはカクテルを色々頼んでいた。
なお、ムッツリは酒に弱いらしく、開始早々寝ていた。