とある新人のブラック就労記 その5
20××年七月某日。
入社してから三か月経ち、OJTも一応の終了となった。
といっても、なにかOJTらしい特別なことをしていたかと言われれば微妙だったが、強いて言えばやたらと使いづらいExcelのファイルに記入するぐらいだった。
「Excel記入終わったら、サーバに置いといてねー」
「八九寺さん、これ、なんのために書くんですかー? 凄い書き辛い書式なんですけど」
細かい仕事が苦手なオタクが根を上げるように質問する。
「ん? んー。国から助成金でるんだよ、OJTやると。そのための、『OJTきちんとやりましたよ』報告書がそのExcelってわけ」
「金ですか! 結局金ですか!」
「そうだよ。企業は利潤を追求するものだ、って習わなかった?」
「えー、ドラッカーは社会貢献だって言ってますよ」
「もしドラそこそこ面白かったよねー。ま、報告書に時間使ってらんないから、文句言わずキビキビ書くよーに」
※もしドラとは、この時流行っていた「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」という小説、漫画、アニメのこと。
Excelの内容は、業務に対して日々の成長、気付いた点、次回への反省点、など、業務を通して自分を振り返るためのものが主だった。
「あ、新人は書き終わったら声かけて。今日から別作業だから」
それだけ言って八九寺さんはタバコを取り出し、立ち上がる。
新人くんは30分ほどかけてExcel記入を終えると、まだ帰ってこない八九寺さんを探しに喫煙所へと向かった。
喫煙所は会社がある雑居ビルの一階外にあり、ビルの陰になっているせいかとても薄暗い場所だった。
もちろん外なので、夏は暑く、冬は寒い。
七月になり日に日に暑くなる日が増えていたが、喫煙者の憩いの場としてはにぎわっている。
新人くんがエレベーターを降りると、喫煙スペースでは談笑しながら数人がタバコを吸っていた。
「おー、新人、終わった?」
八九寺さんが新人くんに気づき、タバコを持ったまま手を挙げる。
その隣には、藤堂さん、と呼ばれていた運用部の人がいた。承認印をもらったときに印象のせいか新人くんの足が二の足を踏むが、八九寺さんがずっと手招きをしているので新人くんは諦めて近寄った。
「あー、お前が新人か」
「藤堂さん、コイツはできる奴ですよー、運用部にはあげませんからね」
「そうやって出来るヤツは開発部で囲われるからなぁ……。運用部は使えないヤツの吹き溜まりだよ、ったく」
「あっはっはっ、山口さんとかいつも居眠りしてますもんね」
「んー、居眠りなぁ。病気の可能性もあるから、あまり強く言えねぇんだよなぁ。注意はするけど」
「病気? 居眠りする病気あるんですか?」
「ナルコレプシーとかだな。まぁ、山口はただの寝不足のようにも思えるんだけどなぁ」
「へー、そんなのあるんですね。ウチのモカ錠上げましょうか?」
「いや、もう飲んでるよ。机の上にモカ錠、エナドレ、冷えピタの箱が山積みだからな。そういうアピールは必死なんだよなぁ。まぁ、アイツ起きてても寝ててもどっちにしろ役に立たねぇんだけどな。今度暇があったらしばらく見ててみ、ホントただ座ってるだけだから」
「マジですか? ウケますねー。山口さん会社にナニしにきてるんですか?」
「俺が聞きてぇよ……」
雑談は止まる様子もなく、八九寺さんが次のタバコを取り出す。
新人くんはどう話を切り出そうかとオロオロしていると、藤堂さんが思い出したように声を上げる。
「あ、そうだ。八九寺がこの前用意してくれって言ってた外注用のPC、セットアップ完了したぞ。どうする? もう持ってくか?」
「お、ちょうどいいですね。今日から新人に外注さん付けようと思ってたので」
「わかった、んじゃ戻るか」
なにか不穏が言葉が聞こえたが、新人くんは聞かなかったことにした。